今日は、短歌でしか喋らない

短歌、生活についての備忘録

試験が無い毎日

今週のお題「受験」

 

受験に対して思い入れは特にないから書きようがないんだけど、受験勉強のことは覚えている。中二くらいから塾に通ってて、あと高3でも代ゼミに行っていた。代ゼミは雰囲気を味わっただけ(皆めっちゃカリカリいって勉強している)であとは友達が携帯をなくしたと大騒ぎしていたのが多分あれは嘘だったと思っている。嘘を、わたしだったら見抜かないだろうなあときっと思われていて、それにしても見事な演技だった。だから舐められていた。まんまと、「携帯を盗まれた」と騒ぐ友人といたわたしは機種変のための生き証人になった。まあそれはいい。あとは試験でも、なんでも席にいるときは隣にいる人がどんな人だろうと思っていた。テストを解いている間こいつ、何考えてるのかなと思っていた。別に何もないのに動きまくる変な人ってたまにいたし、わたしの友人は、問題解き終わるとシャーペンの芯をカタッターンってやって「ふうっ」ていうような子だったから苛々した。なんでアピールしていることに対して無意識なのかなあ。そんなんでも、その子は人から好かれていた。YES、快活。わたしは国語と英語が出来て、算数数学とかはぜんぜんダメなタイプだった。「なんで途中で間違えるんだろう」っていう思い出しかない。なんでかわからないけどとにかく間違えるのである。それを五回中四回とかやっているともう自分は数字苦手なんだという意識が出来上がる感じ。なんていうか、数学が出来る子はあんまり悩んだりしなさそうなイメージがあるんだけどどうなんだろう。嫌なことあってもためらわず他人と分かち合うし、取り入るってことを別に苦ともせず生きてるんちゃうかって思う。とにかく落ちるっていうのが嫌だったから普通に義務教育は頑張っていたと思う。頑張らない人とかサボれる人はある意味で勇気がある方だと思うし、多分ある意味どこででもやっていけると思う。「サボりたい意思」ってなんだ。大人に怒られる方がよっぽどこええわ。

義務化されるととにかくわたしは頑張る。これ以上落ちこぼれるのは怖いことだ。「安心」を得られるためなら努力するんだなあと思う。だから自分のしたいことっていうのはいつまでもわからないままだった。