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つぶやき、料理、日記など

粉のように飛び出すせつないときめきです

スピッツ

最近、というかいつもよく聞くのがスピッツの歌で、最近は岡崎体育、それからキリンジとかも聞いてます。
スピッツの歌は、わたしが説明すると陳腐なのかもしれないが浄化に近いものがあるような気がする。youtubeのコメントで「スピッツの歌詞は感性に対して折り目正しい」というのがあってなんて的確に言い表しているのだと思った。そうなのだ。ロックだと世間に対する反発を表すのだろうし、フォーク?っていうかバラード?とかだと感傷に走る。妙な反省も、卑下も自戒も聞いていて悲しくなる。スピッツはそのてん、どちらにも触れ過ぎていない。わたしもたまにポエムを書いたりするけど、こういうのは大事で、すごく没入して創作していたとしても、翌日読んでみると「な、なんじゃこりゃああー!」となっているのはだいたい感情が入り過ぎてしまっているものだったりするのだ。だからその物事に対する適切な距離をはかり、なおかつその、個人の感性に対して折り目正しく表現する、っていうのはなんとゆうか視点であるしあるいは訓練かもしれない。
それは目を塞がれながら、見たことのない土地の地図を書かされているような感覚でもあったりして。

スピッツの歌を聞いていて気持ちがいいのは、なんていうのか、エゴが入り過ぎてないからだと思う。いや、世界に優しいというか、受け流してるからだというか、うーん。
いや、表現しつくせなかった。けどわたしはスピッツを聞いていると「ああよかった」といつも思えてしまう。届くところまで届く耳かきのように思ってるのかもしれない。(おいおい

 

短歌

短歌の目さんでやっている八月の短歌を書いてみようと思うけど、お題が難しすぎる。「フラット」ってなんだ。「囃」ってなんだ。あまりに自分の語彙からは遠過ぎて、フラッと行こうね駅前のつぼ八とか囃子がぴ〜ひょろろくらいのイメージしかわかない。

 

最近また、読書熱が上がってきた。今は忙しくて、はっきり言って一日一時間腰を据えて本を読むほどの時間さえない。こういうブログは、鍋沸かしてる間だとか洗濯物干すのを押しつつの五分とかでちゃっちゃと出来るけど、本とかゲームとかは気付くと一時間二時間ゆうに過ぎ去ってるので、本当に若い頃にすべきことの一つだと思う。あっゲームは違うか。図書館で本を借りたりしたけど、気付いたらもう返却日だったのでろくに読めなかった。でも面白かった。一ページずつ読んで行けば何かが入ってくるんだ、っていうたしかな作業をしている。外国の本を読んでるときは訳ってほんと大事ね〜と思う。その変換作業の中でいったい何が起きているんだろう。インプット→アウトプットの過程では、たくさんの人の視点や人生が組み込まれていた方が当然いいに違いない。だから………むにゃむにゃ。
眠い。