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ラブイズオンライン

つぶやき、料理、日記など

他人の生活、頭の中を覗いて見たい

こんばんは。ふとした思いつきで、ツイッターとブログについて書いてみようと思います。いろんなアカウント、ブログを購読したりしてみてもどうも長続きせず、結局「なんだかめんどくさいなー」という結末でさようならを迎えてしまいがちです。そこで、これまでの反省を踏まえて「だったら、どんなのが見たいのかな?」ということをまとめてみようと思い至りました。これは単なるわたしの嗜好によるものです。

 

1、日常系

ただ淡々と日常を綴る。あたかも第三者が存在していないかのように自分勝手に、右往左往した思考を書き散らかす。昔の古き良きインターネットはそんなふうだったと思います。インターネットをわざわざしてしかもSNSを利用するというのは主に「他人の生活を覗き見したい」という欲求から来てると思う。自分はいつもこう考えてこう生活してるけど、他の人はどうやってんだろう、ていう、知り合いには聞かないようなことを覗き見してみたいのだ。だから出来れば人前では言えないようなことを書いて欲しいと思う。恋愛、生活、家族、友達、これってどうなの?っていうことを右も左も上も下もしっかりと考えている人の思考からは得るところが沢山ある、というか、ただ単純に面白みがある。昔と今の違いを考えてみると、昔のブログというのはほぼ「コメントを求めていない」自分勝手な撒き散らしであったように思う。見ている方もそんなにも書き込みなんてしなかった。「ずーっと見てたんだけど、ちょっと今日の日記はどうしても気になったのでコメントしました!実はわたしも、、」これくらいの距離がいちばんいいんじゃないだろうか。やはりインターネットといってもそれは現実の延長線上にあるもので、しかしそこにある内部的な行為というものを皆自覚していたように思う。それなのに一体今はなんなのだ。ブツブツ、ブツブツ…他人の目があると確信しているのと、見てるかもな?っていうくらいだとやっぱり人間の振る舞い方は違うもので、内部で止まっているものの方が面白いと思う。まああくまで読み物としてという意味です。わたしが他の人の書いたものを見ているのにもそういう理由があると思う。「今、何してる」へー、そうなんだ。「これ食べた。」へえ、私も食べてみたい。「こう思った」へえ。人間って色々だなあ、そういうのを求めている。中には人気が出て来て交流を目的にしているようなものもあったりするけどほぼ大抵「その社会での俺」を見せ付けられるだけでつまらない。これからパーティを開く、とか言われてもそんなもの聞いてないし勝手に開いてろとしか思えない。

 

2、こう思った系

その人なりの哲学を知りたいと思う。他人はどう考えるんだろうというのを知りたい。けどこれは難しくて、自律心のある人が言うことでなければ聞いていて我慢ならなくなってくる。「別れればァ?!」「うっせえ〜〜!!!」これが最高に苛立っている時本性を現したババア(私)である。

これも丁寧な思考がされたものの方が面白く、強い言葉を使って書かれたものを読みたいとあまり思えない。

こう思った系を読み続けていて、「へえ、」というのが積み重なったころにその人の幼少時の話や学生の頃、たまに恋愛の話などをちょこっと話してもらえるとわたしは嬉しい。「だから」そう考えるんだなあーっていうものを求め始めているのだ。わたしはこれを「エピソードください期」と名付けたいと思う。ください。わたしに。エピソード。

 

読み返して見たら1と2、ほぼ同じでしたね。

 

3、これ見た、これ読んだ系

1と2でだいたいこういう人だっていうイメージが出来上がる頃、「あの人だったらどう考えるんだろう」のような像がもはや勝手にわたしの頭の中では出来上がって来ている。深爪さん今頃何してるんだろう?深爪さんだったら絶対に笑ってくれるのに…これは相当に入れ込んでいる状態で、それからさらなる情報を貪欲に求めているのだった。だからこその今、「これ読んだ」を知りたい。そういうの敏感にチェックしていてわたしも真似して買って読んでみたりしています。けれどあまりにも趣味がかけ離れたりしていると以降飛ばし読み対象になるし、趣味が合いすぎているとなんていうか気持ち悪くなってくる。

 

4、「おやすみ」「おはよう」

恋人じゃないのにどうして?でもなんか、嬉しい…(グー!グー!スピースピー!)

 

5、時事

へー全然ニュース見てないから知らなかったけどそんなことあったんだ。へえー。

 

 

以上です。さようなら。