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ラブイズオンライン

つぶやき、料理、日記など

特に意味もないんだけど、居る

この間このクソ寒いのにパーカー1着で外を歩いている小学生を見て笑ってしまった。小学生ってどうして無理なことや意味のないことをするんだろうと思う。けど自分も相当に小学生の頃からぼーっとしていた方であったと思う。規則を破ったりなどはみ出たことをしなかったんだけど、常識というものもそれほど持ち合わせていなかった。特に授業に関しては80%くらい話を聞いて無かったと思う。今でもそこからくる周りとの「ズレ」というものへの「恐れ」みたいな感覚だけは非常に覚えていて、気がつくと消しゴムがなかったり、鉛筆が一本もなかったり、皆が何しているのか全く分からないというようなことでじっとりと汗をかいたような記憶、気まずさ、バレたくない、みたいに一人で焦っている感じをけっこう覚えている。

で、そういう「ズレ」というか意味不明なことの一つに、放課後の徘徊というのがあった。小学校が終わった後皆と一緒に帰宅して、それからもう一度一人で登校し、校内をさまよい歩くのだ。一体何がしたくてそんなことをしていたのか分からない。校内に行って何をするわけでもない。ただ階段登り降りしていた記憶だけがある。ポケットには校庭に生えた木になっていた木の実が入っていた。毎日行っていたわけではないけど「今日は、行くか」みたいな意志を持って趣味のひとつのような気分でそれをこなしていたような気がする。何度かそういうことを繰り返し、その最中で自分が何を考えていたのかよく覚えていない。一度たしか担任の先生とすれ違ったときにダメとも良いとも言われなかった記憶がある。先生は笑っていた。多分私がパーカー小学生を見た時のような感情からだと思う。

「何してんの」

「生きてる」

みたいな感じで成立しそうなのが小学生である。

けれどそのような徘徊も、あるときからぱったり途絶えてしまったのである。ある日、また小学校へ再登校するため、わたしは車通りの多い横断歩道を赤信号で渡ろうとしていた。その途中、私の自転車が車に接触し、横断歩道のど真ん中ですっ転んでしまったのだ。誰も助けに来てくれなかったし、車も一度も止まらずに通り抜けて行ってしまった。それは赤信号だから仕方がないのである。けれど当時の私はそれが大変に恥ずかしくて、罪悪感を感じて、それまで何の疑問にも感じていなかった放課後の校内への訪問と徘徊をも、その日以後、まったくすることが出来なくなってしまったのだった。

 

よく考えてみるとなんら因果関係のないそれらを結びつけてしまう小学生の頃の私の世界って、すごい狭くて全然明瞭じゃなかったんだなあと思う。少なくとも今と比べると、である。