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恋愛と憧れについて

年末から実家に帰っていたんだけど今日は用事があって街へ行ってきた。人がすごく多くて疲れた。学生の頃は毎日ここを通っていたことが信じられない。そう言えば職場へ行く時もそうだった。電車にたまに乗るのは楽しいけど義務として乗るのは少しも楽しくないことをわたしは知っている。がやがや居る人達、とくに若い人を見ていると疲れる。何者でもなく、周りに合わせて、周り以下にはなりたくなく、常に人の目を気にしていて、目に映らないものが沢山あって、自分たちが世の中で一番光り輝いていると信じて違わない、傲慢さ。その赤すぎるくちびる変だよ。みたいな。そういうぎこちのない精神性を見ているとつかれてくる。たぶんその頃の自分の気持ちを思い出すからかもしれなくて、今もそれ程変わりないからかもしれない。「一緒にいる人」って大事だ。その人の言うことは、鏡のようになっていて、わたしはその人の目を通して自分の姿や世界を知っているんだと思う。だから若い人とか、とにかくそうでなくても「いろんなことを気にし過ぎる空間」みたいのって疲れる。しかし伸び伸びした人が居たとしても違う意味で疲れる自分がいるのだろうと考えるとどうにもならないですね。

いじめられていたことをよく思い出す。とくに若い子の笑い声で思い出す。わたしの心や見た目、生活を笑われていたことにわたしはすごく傷ついたし、それから未だに怒っているのだと思う。どうすればこういう気持ちが無くなるのかわからなくて、考え続けると息苦しくなってくる。だから恋や、憧れに逃げていたのかもしれないと思う。何故そういうことを面白がれるんだろう、ていうことに目に見えないダメージを追っているんだなと思う。その場では怒っているんだけど、核心に行き着くまでにあまりに遠回りし過ぎて何か周りを混乱させてしまったりする。しかし感情なんて自分でも読み解けない。他人の好奇の目、これをどう消化すれば良かったのでしょう?わたしは人間で、わたしには感情があって、間違えてないよ、って誰か一人にでも多分言って欲しかったんだと思う。なんて汚い人、人、そればっかりが見えていた。汚れまくった残像を振り払うためには、心を違う方向に向かせるしかなかった。


そういえば昨年は恋愛づけの一年だった気がする。

けど後半に付き合っていた人とも別れて、職場が近いので会うかなあと思っていたけどぜんぜん合わなくて今どうしてるのかなあと思う。今まで別れた異性に対して「キモさ」しかいつも持ち合わせていなかったんだけど、今回は憧れから始まったものだったから今も普通に元気でやってて欲しいなっていう気持ちの方が強いと思う。それに、曲がりなりにもわたしが良くなるように骨折ってくれていたんだよな。その人の友達は今もよく見かけるんだけど、本当良い人なんだなあってわたしは思ってしまう。良い人じゃないかもしれないけどそういうふうに思いたい。何か精神が弱くなってきてて何を信じれば良いか分からないな。

わたしの素行を見てて、恋愛ばっかりってよく言われるけど、確かにそうだなと思ってしまった。けど、別に誰でも彼でも好きになってるわけじゃない。好きにならない人の方がずっと多い。今、心惹かれるみたいなものはない。

今更のように、恋愛ってなんなんだろうと思う。これまで、好きだと思ったらそれを自分のものにしたい、という欲求イコール恋なのかなと感じていたけど、そんなことなかったと今は思えてきた。前前前世とか聞いていても、そんな風に「運命」と思えることは素敵かもしれないけど、そういう思い込みって一瞬なんだよなあ。数ヶ月で消えてしまうんだ。それよりも大事なことの方が世の中多くて、それをこなしていける容量や責任を持てるのが大人なんだと思う。それは煌びやかでもなく、メンドくさいことの方が多い。けど、ひとつひとつに人間性が出ますね。

というわけで好きだからってすなわち恋愛じゃなくていいし、別に自分のものにする必要なんてなかったんだな。精神が幼かったのだろうか。自分が認められるための手段も、他と繋がる手段も、もっといっぱいあったのだ。おいおい今更か!と思えて来てしまった。なぜ人間って、ひとつの答えにたどり着くまでにこんなに手間がかかるのだろう。だから少なくともこれまで認めてもらえたこと、めんどくさいことに付き合ってくれたことを感謝しなきゃいけないのかもしれない。