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ラブイズオンライン

つぶやき、料理、日記など

牛乳(ヨーグルト)

小さい頃からおなかが弱くて、主に学生の頃は精神的に大変だった思い出がある。いつ、どこでお腹がグルグル言い出すかわからないからだ。そんな私だけど、こうして無事大人になって、「トイレ行ってきます」と言い出すのが苦にならないほどの社交性を身につけ、精神的にも強くなりました。この間の話なんだけど、母親と会っている時、何の気なしに、ふと、自然な感じで母が「あなたの赤ちゃんのころ、乳糖不耐症だったものだからミルクのことが大変で…」と話し始めたので、わたしは、「えっ」と思ったのだった。乳糖不耐症

私は、35年間生きてきて牛乳を避けなければならないと意識したことがなかった。多分これは初めて知った事実なはずである。五年前の夏、アイスコーヒーにハマっていたわたしはインスタントコーヒーを水ではなく牛乳に溶かしてぐびぐび飲んでいたのだ。汗をかいたグラス。腹の調子が悪くなって行ったわたし。中学生まで毎日給食の牛乳を飲んでいた。幼稚園での給食の牛乳を飲みたくなかった私が「牛乳飲めない」と嘘をついたと言って、先生も母親も笑った。

「私って、乳糖不耐症だったの?」

「そうだよ」

母はとても自然な感じで答えた。おいおいおい、と私は思ったけれど、母の自然な態度と、まったくの悪びれなさのせいでそれを自分が初めて聞いたものだということが信じられなくなってしまった私は、それ以上の追求の機会を逃してしまった。わたしにはこういうことが結構ある。

多分一週間前くらいに母と会った時わたしが「またお腹壊した。学生の頃は大変だった。そういえば今でも牛乳を飲むと腹の調子が良くない」という話をした後だったから、それがやっと母の頭に届いて、深層に沈んでいた「乳糖不耐症」という原因と結びついて、今、ここでやっと浮かび上がってきたのだと思う。しかし言っておくけれど私の下痢ピーは今に始まったことではなくそれこそ幼い頃から実家でも家族との出先でもたびたびあったことで、当然母の目の前でも何度もあって、わたしは「栄養にならないじゃない!」などと怒られたりもしたし、大抵の母は「どうしてかしら…」と頭をひねっていたのである。

乳糖不耐症だからだよ。

 

そうそう、これが本題なのですが最近のわたしはヨーグルトをけっこう食べています。プレーンのやつ。ヨーグルト、女の人はけっこう健康志向で食べたりするみたいで、以前旅行行った時にツアーバスに乗ってる女性が朝持参のヨーグルトを食べていて「朝食、ヨーグルトかい。」と思っていたという記憶があるんだけどそういう食べ方とかもまずめったにしない。そもそも「ヨーグルト食べたい」と思ったこと自体がない。ヨーグルトが好きじゃなかった。酸っぱいのがあまり好きじゃないし、砂糖を入れたとて風味もそれほど好きじゃない。けど最近「ブルガリアヨーグルト」を買う機会があって、それもトルコ料理テイストでドレッシングとか味付け的に使おうと思っていたんだけど、気まぐれで食べてみるとおいしくてびっくりしてしまいました。「ブルガリアヨーグルト」美味しい。それとも改良されたのかな?プレーンヨーグルトというと、「おいしくない方の」ヨーグルトとさえ思っていた私で、買わなきゃならない時があるのなら絶対に味付けされたカップの方を買っていた。けどそれも別に美味しいと思ったことがない。「あーあ、まだある」っていう意識で消費するだけ。ヨーグルトに別に恨みがあるわけじゃないけど、とにかく、なんで皆そんなに食べてるのかなと普通に疑問だっただけである。わたしは酸味があるのが好きでないので、落ち着いた味のダノンヨーグルトならと思ったりしてたまに買っていたんだけど、ブルガリアヨーグルトはダノンよりも滑らかでクリームみたい。ヨーグルトというより「フレッシュクリーム」みたいな味でした。フレッシュ・クリーム・フレッシュ・クリーム!生協で売っているちょっと高い「おこっぺ」なんとかヨーグルトって知っていますか?あれに近い感じがする。

最近のプレーンヨーグルトは砂糖付いてないのですがわたしはそれに蜂蜜を入れて食べています。ジャムとかでもいいんだけどスプーンであれこれするのがめんどいので、チューブの蜂蜜をニュルッと入れて食べてる。なんかすごい体にいいことしたっていう気になります。

 ちなみに関係ないんだけど今腹を下しています。

間違えてコロッケを買ってきた話

毎日同じようなことの繰り返ししかしておらず、わたしの日常は「家、職場、コンビニ、時々スーパー」の繰り返しでまわっている。その為当然日記に書くことも人に話すこともそこで気づいた小さな出来事だけになってしまう。

 

今日も帰りにコンビニへ寄ってきた。今日は残り物のイカリングが二つあるのを知っていたんだけど、イカリングが二個しかない夕食は流石にどうかと思ったのでこの間CMで見たローソンの80円コロッケを買って帰ろうと思いローソンへ寄ってみたからだった。

そこで知り合いに会った。知り合いとちょっとだけ話した後でわたしはレジの横のフライを置くスペースへ行った。けれどそこを覗いてみるとコロッケはひとつも置いてなかった。動揺してしまった私は訳がわからなくなってしまい、また「からあげクン」を買ってしまったのだった。レジと知人にはさまれただけで動揺してしまったわたしは、気付いたら「からあげクンレッドください」と言っていた。ひとつ200円もした。200円は高すぎるからこその80円のコロッケだったのに、からあげクンレッドを200円も出して購入していた。お金を払っている間に冷静になってきた私は店員さんに「コロッケは売ってないんですか?」と聞いてみた。そういえばこの店員さんは以前も

タコヒモ置いてないんですか?」

タコヒモ…タコヒモ…あっタコ糸ですね!ないです」

みたいなやり取りをしたことがある人だった。よく見ると初心者マークをつけていた。人の良さそうなおばさんである。おばさんはコロッケはない、と言った。私はすぐさま諦めたのだけどおばさんは意外にも「注文してくれれば揚げることが出来る」「取りに来る時間を言ってくれればそれまでに作ることが出来る」と言った。へえ、でも要りませんと言おうとしたのに、何故かわからないけどまた私は「買います」と言っていた。そうして結局、80円のコロッケでもなんでもなくゲンコツコロッケ(一つ135円)を4個も買っていた。「◯時 ✖︎✖︎さま」という書き置きを残してレジを離れて、コンビニを出た後でわたしは本当に嫌になってきていた。

 

その後、約束の時間を待ってからわたしはコロッケを買いに行った。ついでにたまごとしゃぶしゃぶのタレも購入することにし、それらをカゴに入れたわたしは男の子の店員のいるレジへ行き、コロッケのことを告げた。「コロッケ4個ですね」と店員は言った。するとさっきのおばさんもわざわざ隣に来て「『ゲンコツ』コロッケ4個」と言い直していた。おばさんはわたしのことをちゃんと覚えててくれて、しかも待っててくれたんだなあと思った。二人で会計、袋詰めしてくれているのを見ているうちに、おばさんがわたしをけっこう歓迎してくれている雰囲気を感じ取り、なんだかちょっと嬉しくなったのだった。おばさんからしたら、わたしの営業したゲンコツコロッケが売れた!っていう喜びがあったのだと思う。しかも4個も。

よかった。いい歳してなんの脈略もなくコンビニでコロッケを買う変な女と思われてなくてよかった。それにいま、受け入れられているじゃないか。コロッケ四つ、540円。こんなことでおばさんが小さな幸せを感じてくれるのなら500円強の出費もそんなに悪くないと思う。こういうのを小確幸というのかもしれなかった。

 

いそいそとレジ袋を用意してくれているおばさんを見ていると、私は嬉しいのと同時に今度はなんだか恥ずかしくなってしまった。わたしはおばさん+コロッケと、自分がコロッケを四つも買っているというその事実に耐えられなくなってきてしまったのだ。わたしはもうおばさんを正視することが出来なくなってしまった。そうして、かろうじて冷静な大人ぶることでその場から離れることが出来た。

買い物日記その④(無計画に行ってみる)

土曜日は買い出しへ行ってきた。週末ということもありスーパーはわりと混んでいて、バレンタインデーの特設ワゴンなんかもあって、全くそういうものに関係のない私も何か作りたいなっていう気分になってしまいました。買い出しへ行ったのは寄り道の際で今回はレシピをかんがえたりなどの計画などを立てられなかったので「若干あせりつつの」買い物になってしまいました。憂鬱感からのスタートです。

タラタラ「買い物」してんじゃねーよ! - すみとも乳業
徒然なるままに我買い物す - すみとも乳業
献立とともに毎日を生きる - すみとも乳業

 

けどやはり反省を生かして、レシピをイメージしながら買い物するのを心がけました。これも必要?あれも必要?ぜーんぶ、「必要」?みたいになってしまうのを少しは防げたと思う。

 

買ったのは

・豚しゃぶしゃぶ用肉

・鶏モモ、鶏胸肉

・魚二種類

でした。

鶏肉は照り焼きにしたりフライにしたり、オーブンで焼いたりと使い回しがきくので最近結構好きです。野菜を巻いて紐でしばって焼くのもいい。

しゃぶしゃぶ用肉は鍋用にと思って買いました。今回は白菜と煮てつけダレで食べようかなと思います。鍋用にうどんが安売りのワゴンで売っていたのでそこで買った。一人暮らしで鍋はおすすめです。野菜の種類が少なくても量でごまかせるし、豆腐がおいしいし、あったかいから体が満足できていい。スープで煮るパターンだと、瓶、パック、自己流、どれにすればいいのかスーパーの路地の真ん中で訳が分からなくなるのもあって、今回は買わなかった。

野菜は

・もやし

・にんじん

・きゅうり

・大根

・ネギ

・じゃがいも

ミニトマト

 

など買いました。他にも買ったものあったかもしれない。にんじん、きゅうりはけっこう足りなくなるからパックのやつプラス一本っていう感じで買った。どれも一週間っていうのを念頭に置いて買いました。使い切る期限をもうけて買い物すると「きーっ!」ってわりとならない。そこにある「ストック」「お得な大量買い」っていう選択肢をあらかじめを切ってしまうことが出来ます。今までならその可能性を目指せない自分の無能がいやになってしまうところを、「一週間」という期限をもうけることでそんな可能性はないという推定を置くことで単純に考えられるようになりました。

ところで私はにんじんを「ちょい使い」で消費しなければならない、という思い込みがなぜかあったんだけど、最近はメインに持ってくる使い方をするようになった。これはネットで「緑黄色野菜を摂る」という言葉を見たことによると思う。そーか、!緑黄色野菜を積極的に摂らなければならないんだった、、!っていう考えを得たことにより、レシピを組み立てるときの優先順位にそれが加わり、そのため少し選択が楽になりました。「テーマがまったくない」っていう理由でわりと迷子になってしまいがちだったのだと思う。こう思い返してみると本当に漫然と思い込みだけでただただなんとなく生きているなあって思う。

あとは長ネギ。長ネギはオールマイティなためわたしはけっこう何にでも入れてしまいがちです。一人暮らし初期の頃にたとえば味噌汁作るにしても、きのこや長ネギみたいなものを入れるっていうのは今やもはや気分なんだけど初期はそれを「どこまで付け足せばいい?」っていうのが分からなくて何もかもに具が入りまくったごったごた煮を作りがちだったんだけど、最近はわりと程よく長ネギを使えてるなあって気がします。

  

 

で、もやしはまた2パック買いました。もやしって美味しいんですよね!ラーメンにも合うしサラダにも炒め物にも鍋にも合って、もやしばっかり取っている自分がいます。今までそれを知りつつも「もやし一回一パック」って決めつけていた自分が過去にいたせいでこんなに買うことが出来ませんでした。でももう今は二パック買うことが出来ます。

 

 

あとは大根を買いました。焼き魚に大根おろしを付けて食べるという「余裕」をいま感じたい気分だったので、魚コーナーから野菜売り場までわざわざ引き返して大根を買ってきました。早速食べた大根は甘くて魚の脂身と食べるととても美味しかったです。初期のすさんでいた一人暮らしのころはとても魚に大根おろしを付けるなんて考えられなくて、もし「付けろ」って言われていたら逆ギレしていたかもしれないと思う。けど今はちゃんとそれができたりします。普通に。

大根おろしってただの繊維+水分じゃなくて、甘みと旨みがあるんですね。知らなかった!そういえばこの間買った漫画にも冬は大根が甘くなるっていうことが書いてあったんだった!私は一人で魚を食べながら「うまーい!」って叫んでしまいました。

わたしの直したい癖

けっこう、「睡眠」が日常の大部分を占めているのではないかと思うときがある。そう考えてみると「夢」は私たちの人生において案外大きな位置を占めているような気がしていて、寝る前にいろんなことを考えてみることの意味は大きく、特になにも考えていなくても朝目覚めればある程度考えが整理されているような気がする。朝起きた時に何かの具体的なイメージが「はっ」と思い浮かぶ時があったりする。今朝わたしが起きた時に浮かんだのは顔の表情筋のことだった。「まだ目を開けていないのに」わたしの目の前にはそれがはっきりと浮かんだのである。口の周りと鼻の周りにかけての半径10センチメートル。「ここ、ここだ」とわたしは思った。ここだ。ここが人間の感情と神経が繋がっている部分で、それを全体的にくっとあげれば感じの良い人間になることができるんだ!!

そう思った。けど五分後くらいには全部忘れて日常を歩んでおりました。

これは寝ている間にも脳が一生懸命動いていて、その中の計算式でもって物事を整理、予測して示すべき道を見せてくれている働きをしているのかなと思ったりする。まったくの無意識のなせるわざがわたしに表情筋のひみつを教えてくれたんだなあって思いました。なんか「100パーセント分かった!」って感じがしたんですよね。あれなんだったの?今、全然わかってないし。

 

ところで最近効率化について考えています。人間自転車をこぎ始めてそれがうまく動けている時は頭の中にいろんなことを三つくらいイメージしてあれこれ予測、組み立てなどできるような気がするんだけど、調子が悪いとそれがまったく出来なくて、あれ、あれみたいになってしまう。けどこれは日常でももっと活用すべきだと思いました。つまり過去よりもまずは現在、現在よりも数歩先の未来をできる限り予測し、具体的なイメージを持って行動した方が得られるものが多いような気がします。最近それが現れているのが買い物で、そのへんはブログにも書きました。なんだかわたしは放っておくとどんどん、どんどん「散漫」の方に行ってしまうような気がするんだけど皆さんはどうですか?つまりエントロピーというものは………で、そうやって予測することで予測通りに行くのは当たり前だけど、プラスアルファの余裕を手に入れ、今までできなかったことに手を届かせることが出来るのである!だからなんか暇だなーって時にだらだら「ヘイデイ」とか「ツムツム」をする前に、先にやっておくと後の自分が喜んでくれるようなことを意識してやっておくともっと生活が豊かになるなあと思います。そのためにはメモ、ケータイのリマインダーみたいなやつ、カレンダーを沢山こき使っても良いような気がする。その考えをもつことは「うじうじ悩む」癖も減らせるような気がします。過去のことは考えていてもなにも出てこないしあれがその時点での自分なんだからしょうがねえと思うしかないんですよね。この「過去ではなく未来に目を向ける」というやり方は意識でもって自分の癖を矯正して行くことだと思うんですが、それを応用して自分の「成功」それから「長所」に目を向け続けることもできるような気がします。それからあとは、「自分のやりたいと思うこと」。これがこれまでの人生ではすっぽりと抜けていたような気がする。何故、何故なんだ?「やりたいこと」の前に「やらなきゃいけないこと」をごまんと並べ立てていつも常に「やれない」と即決してしまうのである。普通に生きている時何もかもに対して金を1円も払いたくないし人と物の貸し借りをしないままで死んで生きたいと思うくらい超保守的な人間だなあと自分のことを思う。でもやらなきゃダメ!やったらやったで気持ちイイから!人間(わたし)はこのように「事実」よりも自分の主観による「視点」からしか意外と世界は見えていないのだなと思いました。

というわけでその考え(新しい方の)でもってわたしは今日、地下鉄の中で冷蔵庫の中身、今食べたいものを考え練り上げたあげくローソンのからあげクンと昨日の残り物のタルタルソースを使って「タルタルからあげクンサンドイッチ」を作ることを思い付きました。このおかげで昼食代が浮いたばかりか、明日のパンを買い忘れなかった、からあげクンに久しぶりに出会えたという三つの得があって良かったなあと思います。美味しかったです。みなさんどうもありがとうございました。

他人の生活、頭の中を覗いて見たい

こんばんは。ふとした思いつきで、ツイッターとブログについて書いてみようと思います。いろんなアカウント、ブログを購読したりしてみてもどうも長続きせず、結局「なんだかめんどくさいなー」という結末でさようならを迎えてしまいがちです。そこで、これまでの反省を踏まえて「だったら、どんなのが見たいのかな?」ということをまとめてみようと思い至りました。これは単なるわたしの嗜好によるものです。

 

1、日常系

ただ淡々と日常を綴る。あたかも第三者が存在していないかのように自分勝手に、右往左往した思考を書き散らかす。昔の古き良きインターネットはそんなふうだったと思います。インターネットをわざわざしてしかもSNSを利用するというのは主に「他人の生活を覗き見したい」という欲求から来てると思う。自分はいつもこう考えてこう生活してるけど、他の人はどうやってんだろう、ていう、知り合いには聞かないようなことを覗き見してみたいのだ。だから出来れば人前では言えないようなことを書いて欲しいと思う。恋愛、生活、家族、友達、これってどうなの?っていうことを右も左も上も下もしっかりと考えている人の思考からは得るところが沢山ある、というか、ただ単純に面白みがある。昔と今の違いを考えてみると、昔のブログというのはほぼ「コメントを求めていない」自分勝手な撒き散らしであったように思う。見ている方もそんなにも書き込みなんてしなかった。「ずーっと見てたんだけど、ちょっと今日の日記はどうしても気になったのでコメントしました!実はわたしも、、」これくらいの距離がいちばんいいんじゃないだろうか。やはりインターネットといってもそれは現実の延長線上にあるもので、しかしそこにある内部的な行為というものを皆自覚していたように思う。それなのに一体今はなんなのだ。ブツブツ、ブツブツ…他人の目があると確信しているのと、見てるかもな?っていうくらいだとやっぱり人間の振る舞い方は違うもので、内部で止まっているものの方が面白いと思う。まああくまで読み物としてという意味です。わたしが他の人の書いたものを見ているのにもそういう理由があると思う。「今、何してる」へー、そうなんだ。「これ食べた。」へえ、私も食べてみたい。「こう思った」へえ。人間って色々だなあ、そういうのを求めている。中には人気が出て来て交流を目的にしているようなものもあったりするけどほぼ大抵「その社会での俺」を見せ付けられるだけでつまらない。これからパーティを開く、とか言われてもそんなもの聞いてないし勝手に開いてろとしか思えない。

 

2、こう思った系

その人なりの哲学を知りたいと思う。他人はどう考えるんだろうというのを知りたい。けどこれは難しくて、自律心のある人が言うことでなければ聞いていて我慢ならなくなってくる。「別れればァ?!」「うっせえ〜〜!!!」これが最高に苛立っている時本性を現したババア(私)である。

これも丁寧な思考がされたものの方が面白く、強い言葉を使って書かれたものを読みたいとあまり思えない。

こう思った系を読み続けていて、「へえ、」というのが積み重なったころにその人の幼少時の話や学生の頃、たまに恋愛の話などをちょこっと話してもらえるとわたしは嬉しい。「だから」そう考えるんだなあーっていうものを求め始めているのだ。わたしはこれを「エピソードください期」と名付けたいと思う。ください。わたしに。エピソード。

 

読み返して見たら1と2、ほぼ同じでしたね。

 

3、これ見た、これ読んだ系

1と2でだいたいこういう人だっていうイメージが出来上がる頃、「あの人だったらどう考えるんだろう」のような像がもはや勝手にわたしの頭の中では出来上がって来ている。深爪さん今頃何してるんだろう?深爪さんだったら絶対に笑ってくれるのに…これは相当に入れ込んでいる状態で、それからさらなる情報を貪欲に求めているのだった。だからこその今、「これ読んだ」を知りたい。そういうの敏感にチェックしていてわたしも真似して買って読んでみたりしています。けれどあまりにも趣味がかけ離れたりしていると以降飛ばし読み対象になるし、趣味が合いすぎているとなんていうか気持ち悪くなってくる。

 

4、「おやすみ」「おはよう」

恋人じゃないのにどうして?でもなんか、嬉しい…(グー!グー!スピースピー!)

 

5、時事

へー全然ニュース見てないから知らなかったけどそんなことあったんだ。へえー。

 

 

以上です。さようなら。

献立とともに毎日を生きる

今日も買い物へ行って来た。前回のやり方がけっこう良かったので一応また一週間分の献立をだいたい考えてから行った。

買ったのは、

・鶏胸肉

・鳥ひき肉

・豚肉切り落とし

・カレイ

です。これでメインを作るつもりです。まずは魚が一番足が早いかと思ったので今日さっそく唐揚げにして食べました。カレイ、わたしは一人暮らし始めた頃に煮付けを作ったんだけど下処理のぬめぬめ&生臭さでどうしても出来た上がりのものをありがたく食せなくて、それ以来手をつけてませんでしたが今回勇気を出して再チャレンジしてみました。下処理はネットで調べてやった。鱗を取り、内臓はもう取ってくれていたのであとは塩胡椒して冷蔵庫の中でちょっと置いた。青魚に塩を振ってしばらく置くと生臭みが消えるって前に聞いたので、カレイにもやってみた。あとは片栗粉をまぶして揚げるだけ!けっこうしつこく8〜9分くらいは揚げました。やっぱりちょっと生臭みはあったけどしょう油をかけたら気にならなくなったので気のせいだったんだと思う。おいしかった。

で、残りの

・胸肉

は、この間買ったクックパッドのレシピ本に載っていたささみスティックフライをささみじゃないけど作ろうと思ってるのと、あとは照り焼きにしようと思った。

ずっと、メインのたんぱく質って何買えばいいの?ってことに毎回迷いすぎて「分からない、分からない」って呟きながらスーパーを歩いてしまったりもしていたんだけども、こういう安い食材を買い、安い食材のレパートリーを増やせばいいんだってことに気が付きました。(よかったねよかったね)

それから、忙しい時の鍋もまた作ろうと思い、前週は豚バラ&もやし鍋(しゃぶしゃぶのタレで食べた。しゃぶしゃぶのタレは偉大である)だったんだけど今回は鶏団子&春雨鍋にしようと思って

・鳥ひき肉

にしました。パックの量が少ないので豆腐を入れて誤魔化そうかと思う。

 

あとは

・豚切り落とし肉

なんだけど、これは栗原はるみの本に載っていた豚肉揚げのゴマだれ絡めっていうのを作ろうと思って買いました。そのために練りゴマも買いました。作るの楽しみ〜

 揚げた肉をレタスの千切りの上に乗せて食べるのです。

最近レシピ本はもうちょっと買っても良いかなと思い始めた。うちにあるのは数冊で重複しているのもあるし、そういうところから更新していけばいいんじゃないかと思い始めたので、今日は本屋で物色してみたんだけどなかなかこれ!っていうのが見つけられず…クックパッドのレシピ本がすごく沢山置いてあった。クックパッドの本はけっこう目からウロコのやり方が載っててハズレもあるけどリピートしたくなるもの多いですね。けどもう一冊持ってるしなあーと思い色々探したんだけど南極料理人の人が書いた「一週間分の作り置きレシピ本」みたいのに一番惹かれました。買うかどうか迷って立ち読みしていたんだけどその中には一週間分の食材一覧で「鮭一匹」っていうのがあってもう次元が違いすぎるなと思った。グローバル経てからの日常だったら、ちっちゃいことは気にすんな!ってわたしも成れるのかも、、って、いま家に帰ってもあの本を思い出したりしてるのでもしかしたら買うかもしれない。何故買わなかったのかというとけっこう「残り物アレンジメニュー」が多くて実際はそれ程余らないような気がしたのと、ポテトチップス入りのレシピがなぜか多くてポテトチップス食わねーよ!って思っちゃったんですよね。南極いないのなら夕餉でポテトチップス食わねーよ!って。やっぱり日本にいると駄目ですね。

 

あとは野菜とか買いました。使い回しできそうなきゅうり、シーチキン、トマト、あとはピーマン。ピーマン・ナスって敬遠していたけどレンジでしなしなになるまでチンしてしまえば美味しくておつまみにさえなってくれます。ナスの光沢としなしなして汁を吸った姿は食欲をそそります。ナスはトルコ料理でも鉄板でいろんな素敵な調理法で振舞われています。日本の方はもっとナスをいっぱい食べた方がいいと思う。日本はナスの魅力を知り尽くせていない気がする。

 

 

あとはまた100円ショップでクッキーミックスと、今度はケーキバーミックスを買ってみた。ケーキバーってなんじゃと思って期待していたのに単なるホットケーキミックスと変わらぬ仕上がりになりました。バターがたっぷりな分は美味しかったけど…

あとは今度はいちごクッキーミックスを買いました。側に置いてあったドライイチゴを砕いたようなイチゴダイスっていうのも買ったのでクッキーは今回は200円の出費で作ることとなりました。今日は生地をこねて寝かせるところまでやったけど、もう疲れて眠すぎて調理場のどこに何があるのかすら分からなくて、力任せにぐしゃぐしゃに何かを移動させている自分がいたので「もう、寝よ」って思いました。もう寝ます。

おやすみなさい。

徒然なるままに我買い物す

今日もまた、買い物へ行って来ました。

昨日はセロテープが足りなかったし、今日はトイレットペーパーが足りない、みたいなことがけっこう一週間で何度も起きるものだし、けど、それもこれも関係なく、なんだかあたし西友に用事があるってきぶん。そんな日も一週間にまた何度かあったりします。

そういうわけで、また生活の中で気付いたこと、役に立つ買い物メモをしようと思います。

 

役に立つその1

・冷凍の緑黄色野菜

ほうれん草、いんげん、枝豆を買ってます。

生だと下処理の面倒臭いほうれん草は冷凍だとそのままスープやパスタに使えるし、お弁当の色味が足りない時の胡麻和えにも便利です。いんげんは細かく刻んでチャーハンとかピラフに入れれる。枝豆は口さみしい時にも食べれて良い。

 

役に立つその2

・週末のランチ

週末一人で食べるランチを、金曜日までにスーパーでちゃんと買っておく。

 

役に立つその3

・インスタントスープ、味噌汁があると華やぐ

朝や昼にもあったまるスープがあると嬉しいし、栄養を補う為にもワカメとか味噌とかを摂りたい。タニタ食堂の管理栄養士さんも「吸い物があるといい」と言っていました。

味噌汁、ないときはほんだし+ネギ+好きな具+みそ+お湯でも簡単みそ汁が作れます。けど、私はしじみのインスタント味噌汁が好き!

 

役に立つその4

・冷静になれ

ちょい買い足しに来ただけなのに結局スーパー3袋分ぎっちり買い込んでしまい、帰る頃には鬱状態なんてこともある人、もしかして「せっかくだから」「たまにだから」「さっき、安いもの買ったから」みたいな理由で缶チューハイやお菓子を買ったりしてませんか?ハイ、それは私です!けど、それは全て「買いたい、食べたい、飲みたい」という欲求が見せる錯覚なのでは?買い足しのときは「炭水化物とタンパク質」と考えて、野菜も使い回しのきくものを2、3種類で良いんだなあって思います(アバウト)それを買ってしまったらまた落ち着いて考えてみます。「もうメインに金かけたから、その他軍はそんなに買わないほうがいい」と思う筈。だから今日は野菜ジュースを買うことにしました。温州みかんの野菜ジュース、レア感がある上にみかんの味が濃くてめっちゃウマい。

っていうか今気付いたんだけど、私は買い出しにレア感を求めていたんだ!万代いけよ万代!!

 

 

それとはあまり関係ないんだけど、最近セリアでミックス粉を買ってクッキーを作るのにはまってます。今日は3種類も作ってしまった。かぼちゃクッキーに抹茶クッキー、ココアクッキー、って、これもしかして作りすぎじゃないか?スーパーの製菓コーナーでココナツ粉とチョコチップを買ったので総計500円くらいにはなっていると思う。

誰かたすけて!

ミックス粉なんて使わなくても計量して作ればいいじゃん、そのほうが美味しいじゃん、っていうのがこれまでの自分の信念だったんだけど、使ってみたら便利で便利で、洗い物も少ないしこれまでどれだけ「計量」ごときにストレスを感じていたのかを思い知らされました。文明って怖いですね。食洗機なんて買ったら完璧に廃人になってしまいそう。「一生皿洗いしたくなーい」ってね。クッキー作りってけっこう面倒臭いんですよね。切るように混ぜる、とかよく分からないし、まずバターを練る時間とか砂糖と粉入れる順番みたいのをきっちり守って作ったとしてもそれだけの努力がどれだけ昇華されているのか分からないまま全て胃袋の中に消えていくっていうか。一回作ったらもう一年くらいは作りたくなくなる。けどセリアのミックス粉を使ったらそれが全て一度で済む。袋を開けて、粉を混ぜるだけ。順番なんてどうでも良かったんだ!そんなかんじで二日に渡って四回もクッキーを焼いてしまいました。値段のことに関してはこれ手作りによってお菓子代を浮かせようとしているんじゃなくて私の「趣味」なんだ、気分転換してるんだ、って思うようにしたら何もかもが解決しました。けどそこに考えが至った時、半年前に買ったレジン硬化機のことを思い出してちょっとだけ、胸が苦しくなってしまった私でした。レジン硬化機、いったいどこへ行っちゃったのかな?