ラブイズオンライン

つぶやき、料理、日記など

住住・番外編①「ちょ、まてよ」

オードリーのファンが極まって見ていた有料動画(名前忘れた)でやっていた「住住」の脚本がバカリズムさんだときいて、バカリズムさんへのリスペクトを込めて書きました。

※出演者の皆さんとは一切関係ありません!

 

 

「ちょっと、待ってくださいよ〜!」
「はーいカット!」
撮影現場に助監督のことばが響く。ドラマの撮影現場であるこのスタジオではミステリー劇場「金田一バカ・一大事」の撮影中だった。今回撮影になっているのは第1期のオチであるカット、主役である金田一バカ・一大事が犯人のメイド兼家政婦を務めていた柴田におもいきり突っ込む場面である。このシーンは初登場、謎解きの伏線でもある「待つだけが取り柄」という金田一の特徴を回収するという重要なシーンでもあり、監督もここに最も力を注いでいたといっても過言ではなかった。
「う〜、、ん。いいんだけどなあ。なんか、違うんだよなあ」監督は唸っている。主演のバカリズムは監督を見つめている。結局そのシーンは一時間後に取り直しだということにきまり、休憩に入った演者とスタッフはばらばらに動き始めた。それを見守るバカリズムと、共演のバカ林。
バカ林「良かったっスけどね〜!」
バカリズム「いや」
バカ林「バカリズムさんの『味』でてましたよ!」
バカリズム「そうかな。でも俺も、ちょっとだめかなと思った」
バカ林「そうスか?あの監督たまに変なところでこだわりますからね〜。でも、役者の『味』分かってるかって言ったらそうでもないスよ」
バカリズムは、ニヤリと笑った。


「待ってくださいよ〜!」
「待ってくださいよ〜!」
バカリズムはトイレで、鏡を見つめながら繰り返す。だめだ。いや、でも、何がだめなんだ?わからない。自分は生まれながらの俳優でもなければ、コントで他人役をしたこともない。第一、大声を出すのが苦手だった。というか、声がでかいやつが嫌いだったから、こういうシーンでそういった自意識が邪魔しているのだということも薄々気が付いていた。
バカリズムさんの味、でてましたよ!バカリズムさんはそれでいいっス!それが伝わる時がくるっス!」
共演のバカ林の台詞を思い出す。バカリズムは手で冷たい水を救い、それをパシャっ!と顔にかけた。
「まっっ!!」
バカリズムが言いかけた時、スタッフが大慌てで「バカリズムさん!」とそこへ走りこんでくるところだった。
「え、な、なに?」
「あの、あっすいません!もしかして練習してました?」
「いいからそれは」
「あの、すみません!最終のシーンで使う缶バッチをバカリズムさんの車に忘れてきてしまって。今から、取りに行きたいので鍵、貸してくれませんか?」
「あ、ああ。
いや、いいよ。俺が行くから」
「えっいやっ、あの僕が!」
「いやいや、いいよ。俺も忘れていたし。言ったら怒られるでしょ。そういうの面倒くさいし、俺が行ってくるよ。」
「す、スミマセン!」
バカリズムは階段を走り降りた。缶バッチのことなんて監督も、スタッフの誰も気が付いていなかった。案外皆、いい加減だな。バカリズムは鼻で笑おうとした。荷物を取りに行くのを買ってでたのは単にスタッフにいい顔をしようとしたわけではなかった。声が出ていないような気が、自分でもした。少し気分転換が必要だとも思った。
「あー。あったあった。」
車の中で缶バッチはすぐに見つかった。シーンの撮影の再開まではあと20分ある。
「はあ」バカリズムは思わず運転席に座り込み、目を閉じた。それから何気なくスマートフォンを取り出して、いつも見ているエロ動画の撮り溜めたフォルダを慣れた手つきで選択した。ピッ
バカリズムは画面を見つめているが、周りからするとそれは単に道を検索する小さなおじさんにしか見えていなかった。
「おっ、と。もうあと10分か。そろそろ行かないと」
バカリズムは立ち上がり、スマートフォンの電源を切ろうとした。しかし操作をあやまり、おもわず「ツイートする」を選択してしまう。
「おっ?!」
画面にはツイート完了の文字。それから、コントのように電源が落ちる。
「おっ?!」画面に食い入るバカリズムだったが、それは単に野球の試合結果を見る小さなおじさんにしか見えていなかった。
「くそっ!やばい!80000人に俺の思考が・、!しょこたんにも、千秋にも?!そんなことには耐えられない!」
バカリズムは慌てて階段を目指した。こうなるとマネージャーの携帯を借りてどうにかするしかない。いや、それかアイパッドだ。いや、ノートパソコンだ。いや、いやいや、充電器、それとも・、、?
しかしこんな時に限って階段の前には「清掃中」の看板が立てられ、呑気そうなおばさんがゆっくりとそこをモップがけしていた。「くそっ」
しかしまだ、エレベーターがある。自分は気分転換のために階段をわざわざ降りただけで、普通皆移動にはエレベーターを使っている。なにも問題はない。いや、ちがう。万が一ツイートされたとして、それは問題「中」程度の威力しかない。いちばんの問題は、あんなツイートをしておいて、尚且つ撮影に遅刻することである。そう、今避けるべき自体は「ツイートしてたことがバレ、撮影にも遅刻すること」である。こうなると何が何でも撮影に遅れるわけにはいかなかった。社会において信用というものは何よりも大事なのだ。
「はあ、はあ」
なんとかエレベーターに間に合った。慌てることはない。事態を一つひとつ解決していけばいいのだ。大丈夫。こんなことは生きて行く上で何度だってあったし、その度にそれを自力で解決してきたはずだ。大丈夫。俺は大人だ。社会人だ。俺は
「お母さん、待ってよ〜!!」小さな子供が若い母親を追いかけてエレベーターへ入ってきた。すぐさま広がる不穏な空気。
なんだか嫌な予感がする。
母親は機嫌が悪いようで、4、5歳ほどの男児のいうことをまるきり無視していた。
「お母さん、待って!待ってってば〜!」
追いついたというのに男児は泣き声で母親に懇願している。エレベーターの中に乗っているのは中年の男と、親子、それからバカリズムの四人だったがいま、その声に皆の神経が集中している。
母親は子供の方を見ずに携帯電話を取り出してダイヤルしたようだ。それを耳に当てて男児が懇願するのも聞かずに電話しようというのだろうか。
バカリズムは横目でそれを見ていた。(ちょっとくらい待ってやればいいじゃないか・・・まったく、今時の若い母親ってのは・・ていうか、待ってってなんだよ・・もう、止まってるし、エレベーター動いてるし・・)
「あ、パパ?あのね!太郎ったら未だに女の子のお尻を触る癖が治らないの!今度の誕生日プレゼントなしでいいわ!分かった?!じゃあね!」ピッ!
母親が電話を切ると、男の子は張り詰めていたものを一気に吐き出すように、わーっと泣き出した。
バカリズムは背中を丸くしてドア付近に立っていた。遠目から見るとそれはなんの脈略もなくつおいおばさんに怒られてしまった小さいおじさんにしか見えなかった。
気づくと時計の針は12時19分を指していた。やばい。いくらなんでも、ギリギリ過ぎる。バカリズムは、エレベーターのドアが開くと同時にそこを駆け出した。
ハア!ハア!はあ!
それはまるで草原を駆け抜ける小さな馬ーーーではなくて、バカリズムだった。
撮影所に通じるドアを開ける。この機材の向こう側がドラマのセットだ。走ってきて15秒は立っているだろうか。バカリズムは脇目も振らずに走った。
セットではもうすでに他の演者がスタンバイしていた。しかしなにか様子がおかしい。皆輪になり、何かを取り囲んでいる。「え、ツイートが」その中の一人、深津絵里が驚いた声を出すのが聞こえた。
「ちょ!!!」
撮影所に響くような声。皆が声のする方を向いた。
「ちょ!!待てよ!!!!」
バカリズムは叫んだ。皆一様に静まり返る。
「はあ、はあ、はあ!あの!ちょっと待ってください!はあ!」
「カ〜ット!」
「は?!」
「ははは!うそうそ!でも、いい!いいね!今の感情こもってたよ!どしたの?何かやり方変えたの?」チャラい監督がバカリズムの方を見ていう。
「え、いやっ」はあ、はあ、と肩で息をしながらバカリズムが言う。あれ、なんだ。違ったのか。俺のツイート、、なんて誰も見ていないよな。はは。けれど皆が今、待っているのはバカリズムの答えだった。
「えーっと、あの、あっ!
走り込みです。あそこからここまで走り込みして言ったら迫力出るんじゃないかなあって。はは!まあ本番ではそんなの、」
「おーっなるほど!走り込み!」
「へー、バカリズムさんすごーい。」
「確かに流れ的には、合ってるかも」
皆が口々に言う。バカリズムは、訳も分からずに頭をかいた。
なんかよく分からないけれどまあ、いいか。何もかも丸く収まったみたいだし。ふと横をみやるとマネージャーが頭の上で「T」の文字を作りこちらに信号を送っていた。ツイッターのことだろうか。しかし今更そんなこと、どうでもよくなってきていた。それよりも皆が自分の演技に満足し、受け入れられたことが気持ちよかった。
「よーし!じゃあ、それで行きますか!」監督が言った。「はい」バカリズムは微笑んだ。
〜30秒後
バタバタバタバタバタバタ!(だいぶ遠くから走りこんでくる金田一バカ・一大事)
「ちょ!!まってくださいよ〜〜!!」

おわり

2017年興味あった本など

今年思い返してみてはまったものを書きました。

・小説→エイミー・ベンダー綿矢りさ

 

燃えるスカートの少女 (角川文庫)

燃えるスカートの少女 (角川文庫)

 

 



 

 

勝手にふるえてろ (文春文庫)

勝手にふるえてろ (文春文庫)

 

 




今年は女の人の描く女性像が気になりました。日本のエンタテイメント作品で女性が出てくるとなるとマウントだったり美女対ブスのような構造のものしかみた事なかったけれど(それか、そういうものに全く無意識な天然ちゃん)それはエンタテイメントとしては面白く、けど、自分の中の羅針盤にはなりようがないと感じていた。この人たちの描く女性像は、男性や世間の目ていうしがらみを感じさせないように見えました。それはそういうものを知らないからでなく、知った後でそんなもの、いらないと手放さなければ手に入れられないたぐいのもので、独自性?女性性を取り入れた、否定も肯定もしすぎない個性。女もやみくもに男性を好きになることがあるし、それには性欲も所有欲もはっきりとあるってことをきれいなまま肯定するのは何故か難しい。その描き方こういうのがあるんだなあと思った。自分はしかし女性性を肯定し過ぎているもので食あたりおこしそうになる感じがあります。嫉妬とか、美しさに対する欲求とか、行き過ぎたら金の亡者やワーカホリックとかと変わりがなく、なんでそんな「病」を読まなければならないんだろうと思えてくる。

男性の描く女性像は理想、虚像感が強いと感じることが多い。まあーこんなコト書いてて偉そうですねわたしは。でも思う。やたら「絶世の美人」が出てくるとか、もうその時点で読むのやめちゃうようになりました。「美しさ」ってなに?と思う。美しさとともにある儚さとか対極にある欲望の描き方とかやめてくれいと思う。こと小説において女性は男性の欲求を解消するための人形のような登場の仕方をするなあと思う。あーそうだこの人たちってまだまだ子どもでなによりも仕事している自分のことが好きで、それは先ず自己実現の物語なのねーと思う。

 

書いていて思い出したのはちょっと前に好きだったのは益田ミリで、あれもぽやんとした世界観で、自分の思うこと、言いたいことをちゃんと掴んでいる女性像だ。女性はぐいぐい切り開いて進んでいくわけじゃない。和のなかで、みんなの中で生きていて、けど恋愛や結婚でそれなりにいろんなことがあって、紆余曲折、傷つきながらもお互いのちょうどいいラインで生きていくんだなあって思わさる。

 

・短歌→岡井隆

 

岡井隆歌集 (現代詩文庫)

岡井隆歌集 (現代詩文庫)

 

 

岡井隆さんの歌集すごくよかったです。たぶん短歌になじみない人や若い人の感性でも受け入れやすいような歌が多いと思う。

わたしはこれを夜よく引っ張り出してきて読んでます。名歌とかが正直よく分からなくて歌人が評しているのを読んでても「へえ?」ってかんじでぴんとこないようなわたしでも、なんだかこの歌にはキラキラしたところがあるぞ、と思えるようなのが多い。吸収したい、っていう。


・歌→岡崎体育

 

XXL(初回生産限定盤)(DVD付)

XXL(初回生産限定盤)(DVD付)

 

 買いましたこれ。Amazonで。

ライブもあったみたいだけど知らなくて、しかし知ってても恥ずかしいので行かなかったと思う。

岡崎体育知ったのは去年だったと思うけど、その時は聞いていなかったのでいろいろなテレビ出演も見逃してしまった。関ジャムの予告で岡崎体育が出てたのみた気がしたけど、その時はたしかMUSIC VIDEOしか聞いたことがなくて、あれ見たことありますか?あれだけ見たら、岡崎体育どこぞのyoutuberにしか見えないんだけど、他の歌もいいんですよ。最近はCD借りて聞いているけど、メロディが良いと思う。歌詞もうまいと思う。でもなんで普通にうまいのにこういうふざけた歌を歌おうとするんだろう。そういうのが好きでやってるのかなあ。わたしは、自分の経験も含めて、お笑いやっている人はある意味で傷ものの人が多いんではと感じるので、そういう性癖なのかなあと考えてしまう。わたしにとってはまだ謎大き岡崎体育、ボイスオブハートとかスペツナズ、観察日記とかわりと好きです。

 

 

 

これ、好きだなって思うのは沢山あったけど、それをわざわざ買ったり、ライブに行ったりするくらいにハマるっていうのにはもうひと押しがあるような気がしている。それは単に自分の思い込みなんだけど「これはわたしの事いってるんだ」「自分に向けて書かれたものだ」って心に染み込んでしまう感じがある。だからもう好きなものだったら何べんも読んでそれに対する感想を本当にいっぱい書きたくなる。たぶん紐解いてけば育ちとか階層が解釈が似てるっていう事なんだろうけど、そういうものをわたしは、持っていたくなる。だからレンタルでなく買う。そういえば深夜ラジオにもはまった。

 

 

そんな感じで、うるせーなこいつの言いたがり日記ですが、今年一番面白かった本を選ぶなら、穂村弘さんと精神科医春日武彦さんの対談「秘密と友情」です。

 

秘密と友情 (新潮文庫)

秘密と友情 (新潮文庫)

 

 

この本は、すごく刺激的で面白かった。穂村弘さんを最近知って、エッセイを読んで共感したり歌集を買ってみたりしたのが去年で、しかしその「すごみ」っていうのがエッセイなどではなかなか分かりにくく、歌集もはっきり言ってわたしなんかじゃ分かるものと分からないものがある。穂村さんはいわゆるおとぼけの人っぽくて、エッセイとなると失敗談や世間とのずれを事細かく突き詰めているテイストのやつが多く、まあ面白いんだけど、そういうタイプの人って時に内面にこもり過ぎてて周り見えてないなあと感じることがあるんだけど(失礼)、しかし穂村さんは、それが短歌評だったりこういう対談となると頭の中がギュギュッとエンジンかかってはっきりし始めるっていう印象だった。仮面ライダーっぽい。いやほんとに普通にすごいんじゃない。「超技巧」にしか見えないほどすごい。その、感覚を的確に言い表すっていう意味でね。光が見える人と、見えない人がいるんですねーって思う。春日武彦さんのことをよくしらないけど、ニヒルな賢い人っていう印象。

対談本ぽいのでは他に角田光代さんとの本もあったけれどやっぱ「対女性」になるとちょっとやわらかになるんじゃなかろうかと思う。

なんかこの、マウントしたり牽制したりをやりつつやるゼっていうね。「ちげえのよ」と言えると面白くなると。刺激って大事だな。相乗効果ってあるなと思った。

引きこもりのわたしが…

この対談本でわたしは「あやっぱ、職業に貴賤はある」と思ってしまった。二人とも頭の回転が早くて、生じた感覚を次々てきかくな言葉に変えていく能力がある人「だから」こういう職業やっているんだなあと思った。

 

 

おわりです。

漫才・あぶりしいたけな奴等

漫才が終わったあと、まばらな拍手の後で謎の人物がコンビを引き止めた。
「・・・おい」
「・・・」
「おいって!」
「え?
僕ですか?」
「お前じゃねえよ。そこのお前!お前だよ!」
「はあ?」
「おまえ、おまえなあ。さっきからずっと見てたんだけどなあ。お前まともじゃねえかよ!」
しいーん
「お前、まともな感覚持ったまともな人間がなに漫才やってんだよ!」
「はあ?なに言ってんですか?」
「なにいってるじゃなくてよお。お前なあ、お前の切り込み方まとも過ぎんだろうが!リアクションもまとも、笑いもまとも、おちもまともってお前「まとも漫才」やりに来てんのかよ!」
クスクス笑い出す会場

「ななな、なに言ってんだよ!俺のどこがまともだってんだよ!見ろ俺の異常性を!トゥース!トゥトゥトゥース」
しいーん
「見ろよ」
「そんな・・・馬鹿な・・」
「まともな人間が普通に喋くってんじゃねえよ」
「・・・」
「お前なあそんで、なにトークで右往左往してんだよ!そんでなあ、えんえんと長いあいだ回り道してどっこも観客の気持ちいいとこ突いてないくせに最後相方の導きで一人でいっちゃってんだよ!遅漏かお前は!遅漏なのか!」
くすくす音が消えない会場に、あわてふためくコンビ炙りしいたけの一人。
「ちげーよ!」
「遅漏漫才してんじゃねえよ!このまとも小僧が!」
「・・・たしかにそうなんですよね」
「お前まで、何を?!」
寝返る炙りしいたけのもう片方。
「こいつ、まともなんすよ。気付きもまとも、視点もまとも、ゆいいつまともじゃ無いところは、筋肉だけなんすよね」
「トゥース!」
しい〜ん
「・・・お前、なんでまともなんだよ」
「えっ」
「だからお前なんでまともなんだよ、って聞いてるんだよ。なんでまともなんだよ。」
「えっと・・僕ですか・・あの、高校時代はオタクグループに属し、朝早く登校した後、ミニ四駆を廊下で走らせたり、時計の本を読んでいたり、休日は公園でBB弾を持ってサバイバルゲームをしてまして高校生時代、アメフトでオール関東のメンバーに選ばれたことがあり大学進学後もアメフト部に入るつもりだったが、練習などの雰囲気が本格的だったなどの理由からあきらめ、お笑い番組のプロデュ」
「いやまともにコメント返してんじゃねえよ!」
「コメンテーターかお前は!真面目な尺度で世間を切り裂いてんじゃねえよ」
「二人で喋るな!聞こえない!」
しいーん
「そこはしいーんじゃえだろ!」
「トゥース!」
「お前じゃねえだろ!俺のギャグだよ!」
「あの、すみません。あなたツッコミの方ですか?」
「ボケだよ!見ろこの顔を!体を!この異常なファッションを!そして見ろよこの相方のまともな顔を!サラリーマンの二十人中十人くらいはこんな感じでいるだろうて!明らかに!こいつが!ツッコミ!俺が!ボケなんです!」
・・・
水を打ったように静まり返る会場。
「あの」
「はい?」
「ぼく何か今、間違えたこと言いました?」
「いえ、まともなこと言ってます。」
「いちいちなあ、まともに返してんじゃねえよ」
「だったらどう返せばいいんだよ」
「たけのこの山太郎さん、お願いします」
うなづく山太郎。
「どんだけアイスクリーム!!」
ドッと湧く会場。
「こうですよ。」
「ど、どんだけ・・?!なんで、トゥースじゃだめなんだ・・・?」
「トゥースは、意味が分からない。あと、気持ちが悪いからだ。」と太郎。
それから、うなづく謎の人物。
「けど、もう一つありました。こいつの異常性が。こいつは、性癖が異常です。それも、笑いにならないくらい深刻な異常性を秘めています。」
「例えば?」
「例えば・・ホモセクシャルです。あとは、最悪に形の崩れた女を愛する異常性愛の傾向があって、このことを公の場で話すと九割がた誰しも皆に引かれます」
ニヤニヤわらっている炙りしいたけのボケ担当、次郎。
「だからその反応が異常なんだよ」
「きた、きたきたきたきた、」突然うるさくなる次郎。
「来てねえんだよ」
「いきり勃つなお前は!」
「トゥ〜〜〜〜」
バコーン!!と思い切り張り倒される次郎。
「お前、いい加減にしろよ!」太郎。
「お前・・仲間じゃないのかよ?!」
「お前なあ、いつでもどこでも、一人でいってるんじゃねえよ!だいたいがお前、そういうセックスしかしてこなかったんだろうが!なんだお前、百人斬りしたとか言ってっけどなあ、どうせ内容がお粗末なんだろうが!女いかせたことあんのかよ!なあ!あんのかよって!」
「・・・
ないです」
「そうだろ〜〜〜?!お前、お前と話してて俺はいっかいもイッたことねえんだよ!お前だけいってんの!お前俺の中指見てみろよ!なあ!見てみろって!」
頬を押さえて、たちあがり覗き込もうとする次郎。
「まともに見てんじゃねえよ!」
「・・・ふぁっ」
「そこは漫才の世界観だろうが!ボケを舐めてんのかお前は!」
「お前俺の中指はなあ、お前のために今現在、ふやけ記録更新中なんだよ!乾かせてくれよ!俺を!かわかさせてくれよ!!」
「・・・・」
「はあ、はあ」
「すまん」次郎
「まともだな」ボソッと謎の男。
「イラッ・・」次郎
「そこは、どんだけアイスクリイ〜〜ム!だろうが」太郎
「わかんねーよ」

 

 

※某お笑い芸人のラジオ番組を聞いて、「送ったら喜んでくれるかな?」と思い込んで書いたものです。感想待ってます。(2016年)

あたまのなか11月8日

岡井隆さんの短歌集読んでても分かるものもあれば分からないなあというのも結構あった。今は、それに対して思うのは分からないものは、いつか分かる時がくる(かも)という事だ。短歌がどういうものなのかよくわかっていないけど、多分情景だったり気分を詠んでいるものも多いと思う。歌もそうだ。詩も。岡井隆さんのやつや他の人が詠んだやつもよく分からなくて謎解きのように思うこともあれば、なぜか急にビタっとハマるときもある。だから、そういう時、自分が「そこ」へ偶然来た時、同じ情景を見てるときに唐突に見えてくるものがあって、分からない歌っていうのはその時が来ればステージのロックが解除されて黒く塗りつぶされていくかのごとく自分のものになっていくのかもなあと思う。

だから気に入ったものを何べんも見ることに意味はあると思う。なんていうかそれくらいの親しみというか期待みたいのを感じるものを見つけるのがまずとっかかりなのかな。

 

視覚のこと

昨日またつれづれと考えていたのは、わたしは殆どが目に頼って世界を認識しているのかもしれないということでした。世の中にあるエンタテイメントや情報、日常のいろいろを構成してるものってのは殆どが五感の中でも視覚があるから成り立つものばかりで、唐突になんだこりゃーな感じに思えてきた。普通に生活していて、数数えるのも、楽しいと思えるテレビも、非言語も、全部全部目を使っている。この世は3Dだけれどさ、視覚がなければ現在地はもっとヘンなことになるんじゃないだろうか。わたしらは顔の前に目がついてるけど、虫とか、水中にいる魚みたいになるとまた現在地はおかしなことになると思う。世界って何なんだ?見えているものだけ?伝えるべきこと、見て感動するもの、そういえばディズニーランドに行っても、目が見えなければきっと半分以上も楽しめないと考えると、なんだか寂しいような気持ちになった。ほんまのそれは幻想だと思えた。音楽や効果音も、意味が分からなければ単なる騒音でしかない。つくづく人間の世の中はこれからも頭でっかちで構成されていくんだなあと思う。でも、そんなふうに考えていても、目で見た素敵なもの、よかったものに心が囚われてなかなか離れられない。

五感というけどあとはなんだっけ?聴覚、嗅覚、感覚、え?あとはなに?

 

反作用と作用

人間関係とか他の物事は作用と反作用で成り立っているんだなあと知り合いを見ていて思った。どうして、思ってることと反対のことを言ってしまったり、嘘ついたり、余計なことをしてしまうんだろう。かと思えば、良い結果を出させるために、邪魔したり、叩いてみたりするんだろう。期待していたと後で言うけれど、それが嘘か本当かなど私からしたら分かるわけがなく、あの時本当は死にたかったんだと言ってもあなたは笑うだけでしかないだろう。たとえば、好きと言わせるために嫌いと言い続けてるような日もあったりする。何か言わせるために、もしくはなりたいようになる為には真っ直ぐに打つのもいいかもしれないけど、もっと低く潜ったり、下から行ってみるという手もあったんだな。そういうこと、頭の中のどの辺で考えているのかよく分からなくて、結果論から組み立ててる感覚なのかもしれない。あ、これは気持ちいいとか気持ちが悪いとか、根本はそこで、言葉も、行為もそこから紡ぎ出されているのであった。関係性の真ん中に線が引いてあって、押したり引いたり。そう考えると単純である。モノでしかない。人が人らしくあるのは経験値による「人」らしく見えているからでしかないのかも?

明日の晴れのために今日は休もう。もしくは動こう。人間ってけっこうそういうふうにリズムで動くのが本当は自然のかたちなんだなあと思った。しかし殆ど毎日無理してるのが普通の大人だろうけども。

どうしても、ピアス空けたかったんだな

ピアスを空けれるような気がした。ピアッサーが近所の薬局で売っているのを知っていたので、その日は店内を2周くらいした後でレジへ持っていくことができた。1800円もした。その日も、次の日も忙しかったのでピアスを開けることはできなかった。けど、自分のなかで相当溜まってきていたようで、今日、仕事しているときどうしてもピアスを開けたくて仕方がなくなってきていた。
わたしはパソコンに納品伝票を打ち込みながら『ピアスの穴、早く空けたろう』ということを考えていて、頭の中ではピアスの穴にまっしぐらに走り込んでいる自分がいた。イメトレだ。イメージでわたしの体はもう既に、家に帰って手を洗ったらすぐピアッサーを打ち込める状態でいた。やっと仕事が終わって、もう疲れて一ミリも動くつもりはなかったのでとりあえず帰り道にチューハイと弁当を買って帰って、それから手を洗って、家の中を簡単に片して、それからピアッサーを手に取った。でも今すぐには打ち込めないや。だってまず説明書読まなきゃならないから。っておもって、弁当を食べた。一人で。それから説明書を読んだが複雑過ぎてすぐには理解できなかった。3回くらい読んでやっと頭に入ってきた。
まず、耳を消毒してから、付属のペンで穴を開けたい箇所にポイントする。それから、付属ピアスをピアッサーガンのようなものに取り付ける。上のノズルを引いておき、ホチキスのように耳たぶを挟み込んでトリガーを引くという手順だった。簡単そうだった。でも、、、わたしがビビったのは耳たぶの厚みだった。耳たぶは自分がイメトレしていたよりもずっと厚く、痛覚もあり熱を帯びていたのである。どくんどくん・・・この耳たぶいきてる!じゃなくて、本当に普通にあたたかみあるものに針打ち込むってどういうこと?と頭が思いはじめたので前へ進めなくなった。仕事で金額の勘定しながらイメトレしているときにはあった勢いが消えてしまったことにわたしは気づいた。あかん、今日もピアスの穴開けられへんぞと思った。
ていうのも、ピアスの穴は三年前くらいから開けたいと思っていて、でも単純に踏ん切りがつかなくてここ三年間ずっと二の足が踏んでいた状態だったのである。理由はビビっていたからというのに他ならない。単純に、ピアス付けてるの見てかわいいなーって思うのと、普段はイヤリング使ってるんだけどもう十以上紛失・破壊してるので普通に実利としてピアスの方が良いと思いはじめたここ半年だったのだ。むかし、なにも書くことがなくてlivedoorブログに「わたしはピアス開けたい」と書いたときリアクションの多さにけっこうビビったことがある。わたしの書き方で失恋したから→わたしピアス開けたいというふうに読めたからかもしれないけど、もう三十過ぎてるしそんなに毎日ヘラヘラして生きてるわけではない。わたしは普通に「おしゃれ」したいのだ。そのときに書いたのは日本人はピアスを不良の入り口みたいに見なすけど、外国の人は小さい女の子もピアス開けてたりしてそういうふうに女性性を受け入れるのがいいと思う、みたいなことで、そういえば姉が高校生の頃にピアスの穴開けるのを両親からものすごく反対されて毎日家族会議していたことも書いたような気がする。その母はさんざん「親からもらった体に傷をつけるなんて」というようなことを話していたのにこの間、わたしがピアス開けたいんだよねってこと話したら「ああ、いんじゃない」という反応でしかなかった。「でも病院行って開けた方がいいかもネ」くらいの反応だった。親からもらった体も、三十過ぎるとどうでも良く思えてくるものなのかもしれない。

そんなこんなで、ピアッサーのトリガーに指をかけたままでわたしは動けなくなった。もしかしたら自分に集中し過ぎるのが怖くなる理由かもしれない、と思ってテレビを付けたり音楽を掛けたりしてみた。一時間くらい迷って結局、「自分が小さく見える洗面所の鏡」の前でえいっとトリガーを引いてみた。そうしたら、、、発射されないではないか。今、わたしはけっこう硬めに押した。これ以上強く引くっていうこと??自分の体に傷なんて付けたくない正常な神経が働いているわたしが??もうこれ以上なんて、無理だわと思って、耳から外したピアッサー、トリガーを思い切り引いてみたらぴくりとも動かなかった。なんだか手順を間違えてたようだと思い、説明書を見てからピアスの位置を調整したりしていたら、トリガーを引いていないのに突然勢いよくピアッサーが発射されたのでびっくりした。どうやらピアスがきちんと固定出来てなかったようで、定位置に収まった瞬間発射されたようである。さっき、ピアッサー持ったままでうろうろしていて床に落としたときにズレてたのかもしれない。
ピアッサーは一度きりの使用なので、つまり片耳分しかもう残ってないことになった。今日は、仕事でもすごく疲れていたし、ピアス開けたら速攻で昼寝するつもりだったのに一時間待たされたことに対するイライラも最高潮だったので、使えなくなったピアッサーゴミ箱に放り込んでやった。
たぶん知り合いが見ていたらわたしの姿を笑っていたと思う。けどわたしは悔しかった。どうしてもピアス、あけたかったんだなと思った。
布団に入って目を閉じたら、すぐさま急激な疲労と眠気に包まれた。でもあけられなかったピアスのことを思うと、悔しくて悲しくて涙が滲んできていた。「どうしてもピアス、あけたかったな」と思った。
けどもしかして、あの突然発射されたピアッサーの間にわたしの指があったとしたら指も爪にも針が貫通していたのかもしれない。その後何度も自分の指と耳に太い針を打ち込まれる映像がまとわりついたままで、なんだか異様な興奮に包まれながら、でも5分くらいで眠りについたわたしだった。

『宇宙で二人きりごっこ』

好きな人と、くっ付いてるのも好きだけど、とくに意味もなく一緒にいたり、たわいの無い話を出来るのがしみじみと幸せだなあと思う。例えば休みの日に一緒にご飯食べたりとか、テレビ見たりとか。気が抜けてるけどまだ心許してないし、家族でもないぞみたいな感じでそういう事しているのが。今日もそんな感じで恋人と一緒にいた。外は雨が降っていて、世界の終わりみたいに真っ暗な土曜日の朝だった。私たちはテーブルを囲ってもくもくと食事をしていた。何度目の朝だろう。わたしはふと思い付きで言ってみた。「ねえ」「なに」「あのさー、宇宙で二人きりごっこしない?」「は?」「宇宙で二人きりごっこ」
「私たちは核戦争によって滅亡した地球を命からがら抜け出した地球最後の二人で、お互いまったく知らない縁もゆかりもない同士なのに、それから二人きりで死ぬまで一緒に過ごさなきゃならないっていう設定で一日過ごしてみない?」
そんなわけで私たちはそういう設定で一日を過ごすことになった。わたしは地球最後の朝食を台所に下げて洗い始めた。「ああ、なんだか」
「すごくしみじみと悲しくなってきた。生活を思い出すとこんな気持ちになるんだね」
彼はいつもと変わらずにゲームをし始めた。それからわたしは本を読み始めた。彼があまり乗り気じゃないようにも見えたけど、とにかくわたしはこの地球最後の雰囲気を壊したくなかった。
別々でいるのが詰まらなかったので、わたしはとりあえず近くに寄ってゲームの様子を見てみることにした。「いま、これはいい調子?」「うん」「あのね」「んっ?」
「寂しいな・・・」
「それは、宇宙で二人だけごっこの続き?」
「そう」
「お腹減ったな。ずっと何も食べていないし」
不意に思い出した。わたしが電車で部屋で沈黙が怖くてずっと一人でくっちゃべっていたせいで「話合わない」と言って振られた数年前のことを。ちらと恋人の顔を見ると、視線はゲームの方に注がれていた。
「おなかへった」
じいっという機械がバカみたいなことを話してる自分に警告するように聞こえてくる。だから、その次に聞こえる声が自分を救い出すたった一つの声みたいに思えてしまう。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない。寂しい。悲しい。ずっとずっと一人でいるのは大変なことだよ」
「よしよし」
彼は、視線をゲームに注いだままでわたしの頭を撫でてくれた。わたしは恥ずかしくなった。それに、なんだか泣きそうになってしまった。けど喋り続けた。
「私たちは、いつ死ぬの?」
「僕たちは、一年後に死ぬよ。」
「え?どうして?」
「宇宙では、それほど人間は生きていかれないからだよ。」
「、、、、」
意外な設定にわたしは面食らう。殺伐としたゲームをしているからか、男だからか、世界観はシビアだ。「一年後僕らはしわくちゃになって死ぬよ。それが『宇宙時間』」
「、、、」
「泣いてるの?」「うん」
「かわいそうに。こんなに綺麗なのに、一年後にはもう君の去年死んだ婆さんと同じようになる。やるべきことをやってこなかったからだね。命がずっとあると思い込んで生きてた罰を皆が受けたんだね。でも死ぬときは一緒だよ」
恋人ははじめてわたしの方を見て言う。
「優しいね。どうしたの?」
「ごっこだから。会社ではもっと厳しいよ」
「あなたの顏は●●●みたい」
しーん
「恥ずかしがるなよ。君が言い出したのに」
そうだった。わたしはごっこを続けなくてはならないのだった。わたしが思ってたよりもずっと恋人は「ごっこ」するのがうまいようだ。ゲームばかりやっているからかもしれない。思い付きで始めた二人きりごっこはなかなか心地よかった。
「ねえ」
「ん?」
「私たちが死ぬまでに、たくさんもの食べよう。たくさん話をしよう。それからたくさん、セックスしよう。」
「うんいいよ。どうせ死ぬんやねんからな」
「わたしに何か特別な事してほしいと思う?サービス。例えば風俗でしか出来ないことだとか、料理いっぱい作ってもらうことだとか、面白いことやり続けて欲しいだとか」「うーーーーーーーーーー
ーーん」
どきどきしてわたしは待っていた。
「特にないかな」
「わたしに何かして欲しいことってないの?例えば踊るだとか」「うーーーーー
ーーん」
「特にないかな」
「じゃああなたってもしかして幸せなの?」「うーーーーー
ーん、たぶん」
わたしはほっとして恋人にくっ付いた。「嬉しいな。生き残ってくれててありがとう。」
「うん。どういたしまして」
「大変だった?いろいろ」
「、、、、、、」
宇宙で二人きりごっこはゲームが佳境に来るに連れてネタ切れになってきていた。
「お腹空いたな・・」「台所にバナナあったよ」
「ねえ」
「ん」
「地球から私たち抜け出してきたっていうことは、たぶん家族とも別れて、あと人殺したりとかもして来たんじゃない?」
さらなる展開を試みる私である。
「そうだね。僕はスナイパーだから。僕を雇うのは結構大変だったよ。俺は1499人は人を撃ち殺して来たから」
ふうん、と応える。ちがう、なんか違う。そういうんじゃなくて、もっと自分たちは天涯孤独なんだって気分を寄せ集めるような遊びをしたかったのに。
「人を殺すのって楽しい?」
「楽しい」
「うそ」
「楽しいよ。見て。」ゲームの画面を見る恋人。
「全部おれの得点」ニッコリと笑う。
「駄目だよ。人を殺したら」「憎悪渦巻く町では生も死もないよ。生は死と共にある。死は亡霊なんだ。ぼくは、自分が生きてるんだか死霊なんだかずっと分からなかった。人に会うまではずっと。人と会って話してるうちに、僕は人間なんだなって思い出す事が出来たんだ」
そうなのだ。舞台は核戦争の起きた町東京なのだった。
「私のことも殺すつもりある?」
「君は大事な子孫残すうつわだから。命よりも大切だよ」
「、、、、」
はあっとわたしはため息をついた。さっき、わたしがわんわん言ってたときは、昨日の夜よりもずっと暖かな空気が流れてたような気がしたのに。これじゃ恋人でも家族でもない。単なる用意されたつがいみたいだと思った。ごっこ遊びの中にいるわたしは、彼の内面を少しだけ見れたような気がした。それからちょっとだけ寂しくなった。
「あっ雨があがってる」
「本当だ」外を見るとかすかに光が差し込んで来る。空のずっと遠くには青空が広がっている。
「外へ行く?」「えー」
「行こうよ。」「うーんまあ」
「僕らって、他人だなあ」「、、、」
恋人は立ち上がる。「本当。」
「ねえ何かもし、寂しいって思ってるなら本当に外へ行こうよ。」「うん。」
「それから、一緒に映画見よう。本を選ぼう。音楽聞こう。僕も君もまったくちがう人間だから、一緒に何かしようよ。さっき君も言ってたじゃない。宇宙最後の生き残りの、縁もゆかりもない僕らが二人でいる意味がきっと何か見つかると思うよ」
「うん、そうだね」わたしも笑った。
宇宙で二人きりごっこはなかなかよかった。それからもする事がなくなるとわたしは特にスタートの合図もなくそれを始めたりしてみた。恋人も役をこなすのがなかなかうまかった。わたしはその舞台で子どもみたいになったり、友達みたいになったり、恋人を煮詰めたようなときの気分をうまい具合に食べ散らかしていった。それに、それをしたおかげで、恋人のことをより一層愛しいと思うようになった。

贈り物の哀しさと老いの哀しさといじらしさと惨めったらしさ

もう何度も書いてることだけど、買い物をすることは寂しいことだと思う。一人で買い物に行って必要なものを買っていくのは普通前向きな作業な気もするんだけど、他の人たちと一緒にするときのようにわいわい楽しさに紛れて自分の欲求とか寂しさを紛らわすこともできない。「ああわたし、これが欲しいんだ」とか、「ああわたしにもいよいよ、こんなものが必要なんだ」といちいち思わさる。生理ナプキン、バンドエイド、栄養ドリンク、週刊誌、友達と分け合うためのガム、ああ、なんか寂しさに息止められそうになって来る。1日を生きるごとに摂取する食べ物の量も、情報の量も膨大で、それに伴って捨てるもの、さようならするものも膨大である。「巣篭もり」したいみたいな願望もある。今日はいい天気で、一日中ひまで、自由で、体も元気で、これから出かけるんだけど掃除してみるか、って思って始める掃除の中に入り込んじゃうとやたらとハイになってくる。もっともっとあれもこれも必要だ!って思えてきて、そういうときは生とかへのパワーが全てプラスの方向へ働いてる時なのかもしれない。そういう気分に乗れたらいいけど、でもたいがいやっぱり買い物っていうのは寂しい。「生きてる」ってこと、それに伴うこんなにもいくつもある成仏されない行為、そういうものを例えば結婚式で発進するリムジンの、後ろに結び付けられたガラガラみたいに皆がくっ付けて歩いてるのが見えてしまう。笑って、笑って、もっと笑って欲しい。そうでないと寂しすぎてわたしは授業中なのにかかわらず一目散にトイレに駆け込む女子高生に戻ってしまいそうだ。
なんだかここには少し自然光が少な過ぎるんじゃないかと思えてくる。

 

 

六人の孫を持つ祖母はけん玉を六つ買う家に犬を待たせつ(この短歌を作った後でおさまんなくなって書いたブログです。何故私は毎日同じことばかり書いてるんでしょう。)